あれからもう15年くらい経つだろうか?
私はあるグラフィックデザイナーのグループに入りたくて、
シゴトが終わると、帰りにその事務所に頻繁に通っていた。
そこには先輩デザイナーが遅くまでシゴトをしていて、
私が行くと、いつもその手を止めてコーヒーを入れてくれた。
それから打合せテーブルに寄りかかるようにして、
広告のデザインがやりたい私の話を延々と聞いてくれた。
気がつくといつも午前0時を過ぎていた。
そして私が帰ろうとすると、また席に戻ってシゴトを始めていた。
私が何時間にもわたって話しても、
一向にソワソワ、イライラせずに聞いてもらっていたので、
シゴトもすぐ終わる量だと思い「まだシゴトあるんですか?」と聞くと、
「24ページ分のデザインが残っている」と言って
穏やかにマウスを動かし始めた。
今ちょうど私は、あの頃の先輩デザイナーの年齢になった。
パソコンも進化し、もの凄いスピードで作業が進んでいくのに、
なぜか皆、確実にあの頃よりも時間の余裕がない。
普段のシゴトの中でムダ話をするココロの余白がない。
余白のないデザインはテンションもなく息苦しいだけだ。
ほんの5分でも脱線してムダ話をすると、途端にもうソワソワし始め、
早くシゴトの話に戻りたいという雰囲気。
そしてケータイの呼び出しによってムダ話から救われるのだ。
考えてみると、あれだけケータイが鳴ると、
ムダ話どころかシゴトの話もおぼつかない。
何かすべての広告がコンビニ感覚でつくられているみたいだ。
自分もそうだが「アレもできます! コレもできます!! スグにできます!!!」
というほうがウケがよく、シゴトも集中する。
「文字のツメが...だから時間が」とか
「ビジュアルは本物にこだわって...だから予算が」とか
言っていると途端にシゴトを無くしてしまう。
さてそんな中、私はブログタイトルの「スロー広告」という言葉を掲げ、
その限られた時間の中で、これからどう広告に関わっていくのか?
時間は“長さ”ではなく、“ココロ”しだいで、同じ1時間でも
その“質”は変わってくるハズ。
同じ月を見上げて、美しいと思うのか、焦燥感にかられるのか...
“あの月”は、今も昔も全然変わってはいないのに。


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