2010年1月23日土曜日

Nutscoのウクレレ




この写真は、私の先輩デザイナーが、
自分が欲しくなるようなウクレレを求めて、
企画して、製作されているものです。


ウクレレ使いの達人たちを唸らせたこのウクレレは、
「Nutsco」という名前がついています。


上記の写真は、この度限定で再販されている3Mシリーズです。


とにかく、マニアックな人たちから注文の声が多いみたいで、
小ロット生産のため、すぐに予約が入ってしまい、
もっと沢山つくって欲しいという要望があるみたいです。


しかし、この先輩デザイナーは、
このブログタイトルの「スロー広告」がピッタリの人で(笑)、
なかなかその要望に応えず、
少しずつ、ゆっくりとNutscoを育てていってます。


まぁ、私はその先輩デザイナーの流れを汲む唯一のデザイナーなので、
それはそれで正解だと見守ってますケド...(^_^)


気になる方はコチラを...


Nutsco Ukulele Project Official Site


風に吹かれて! Nutscoの痛風クッキング


ブログランキング・にほんブログ村へ
blogram投票ボタン

ツレヅレナルママニ...






このブログを見た先輩デザイナーから、
「文章(話)が長い!!」と
電話でツッコミコメントをいただいた...(^_^;)


このブログとは別で、
定期的にお客さまにDMを送っているのだが、


(DoT. Clearance Card  http://www.dot98.com/


そこではハガキの紙面に写真と文字を入れる関係上、
スペースが取れず、文章はタイトルを含んで
10行で表現しなければいけないという制約がある。


最初はそれが結構難しくて、かなり苦しんだけど、
7年間も続けてみると、なんとかできるようになってきた。
だから今度はブログを始めるにあたって、
逆に長めの文章も書けるようになりたいという
思惑が浮上してきた。


よく、「あんな文章が書きたい(写真が撮りたい)けど、
今は自信がないから、もっとスキルをつけてから人前に出したい」
という言葉を聞くが、私の場合はどんなことでも、
どんなにヘタクソでも、恥も外聞もなく人さまの前に出していき、
やりながら修正し、身につけていくという方法になってしまう。
(見せられる方は甚だ迷惑かも知れないけど...^_^;)


そういう風にプレッシャーをかけないと、
いつまでたっても実行できないからである。


人生は、そんなにいつまでも待ってはくれない...


「いつかは、ああいう風になりたい」と思ったら、
今すぐにでも始めたほうがいい。


先輩デザイナーからのツッコミコメントではないが、
Twittrというツブヤキ系が新しく出てきた今、
あえてそれに逆行するように、ダラダラとひたすら長く、
ツレヅレなるままに、ムダ話を続けるのも、
このブログタイトル「スロー広告」のコンセプトだ。


この先、これを続けていくと何が残るのかは分らない。
ただ、やらなかった自分よりも、
やった自分は数年後、確実に前へ進んでいるのが、
7年間、毎月DMを送り続けた今なら分る。


同じクルマに乗り続ける。


毎日のようにクルマで走っている。


ずっと同じ会社にいる。


ずっと同じ場所に住んでいる。


いつも変わらず、笑顔で迎えてくれる。


ずっと夫婦でピンクの服を着て、芸能人を撮りまくる(笑)。
(芸能人の誕生日もたくさん覚えている)


ムダなことに見えるようなモノでも、
続けていれば何かが起こる。


それはイチロー選手が
毎シーズン200本以上ヒットを打ち続けることと
全然レベルが違うことなのだろうか?




スクロールしても、スクロールしても終わらない
巻物のようになが〜いブログをいつかは書いてみたい。


ギネスブックに載るような...p(^_^)q


ブログランキング・にほんブログ村へ
blogram投票ボタン

2010年1月22日金曜日

囚人のジレンマ?




うちの玄関に置いてあるこの木彫りの人形は、
娘が修学旅行のお土産で、私に買ってきてくれたものだ。


何やら、うちの経済状況を案じて、
“金運の良くなるモノ”を選んだみたいだ。


もらったとき、人形の左足のひざの部分に
穴が空いているのを発見した。


そういえば、私の左足は26年前のバイク事故で
皿が割れていたことを思い出した。


「なんだか自分みたいだな」と愛着を持ちつつ、
毎日かかさず拝むようになった。


本当は、毎年近所の「亥の子祭り」で
“商売繁盛”のお札をもらっていたのだが、
今年は、ちょっとタイミングが合わず、
入手することができなかった。


なので、その代わりと言っては何だが、
このグアム人形を、最近は
朝晩二回と数を増やして拝んでいる(笑)。




そして、そのグアム人形と一緒にもう一つ、
キーホルダーも娘がくれた。


見ると「I♥GUAM」の文字がデカデカと...orz


娘のヤツは、ワザとダサダサのキーホルダーを買ってきたのだ...
「イマドキこれはキツいな..しかも別にグアム好きじゃないし...」
とココロの中で思いながら、(I♥GUAMが好きな人ゴメンナサイ)
どうしようかと考えた。


うちの奥さんはサッサと自転車の鍵につけていたが、
私は、家の鍵とクルマの鍵の二つしか持っていない。
クルマの鍵にコレはキツ過ぎる...


しかし、あのグアム人形は、なんといっても「金運」が魅力的だ、
なので安易にグアムを否定はできない...(-.-;)


これはもう「囚人のジレンマ」みたいになってきた。
「やはり金運はとっても大事だ...」
しかたなく最終的に家の鍵を、
そのキーホルダーにつけて“相乗効果”を図ることにした。
(意外とそういうのは、こだわるタイプなので...)


「クソ〜、オボエテロ!!」(-.-")


そして私は、娘に対してのリベンジを密かに誓った...










2010年1月21日木曜日

復活したのにさらば?




これは私が中学生のとき描いた宇宙戦艦ヤマト。
あの頃は、うまく描けたと思っていたけど、
30年経って見てみると、細かいトコロも含めてかなりイマイチ...(-_-;)


私はリアルタイムのヤマト世代。
その後のガンダムも面白いとは思ったけど、
そちらには、のめり込まなかった。


ドコが好きだったかというと、
巨大な宇宙戦艦が、多くの人の手によって
“ゆっくりと動いていく”トコロだ。
その描写がとっても好きだった。


発進からちょっとした進路変更をはじめ、
最終兵器の波動砲を撃つという一連の動きがやたら細かくて遅い(笑)。
今の子供達が見ると、その全てがとってもかったるくて理解不能だろう。


しかもその“スローな感じ”の宇宙船には、
14万8千光年(往復29万6千光年)の彼方イスカンダルという星へ、
ガミラス星人の攻撃によって地球が滅亡する前(365日以内)に
放射能除去装置を取りに行かなければいけないという使命があるのだ。


その心細さといったら、
超急ぎのシゴトを、マイペースでスローなデザイナーに
お願いした状況に近いものがあると思う(笑)。


当時のラジオから流れてきたギャグで、
「地球滅亡の日まで、あと365日(男性の渋い声で)」
「あ〜ら電子レンジなら、たったの1分半ヨ!(主婦のかる〜い声で)」
という(感じ)のがあったけど、
(※当時は電子レンジが出始めた頃だった)
あれは柏村武昭のサテライトNo.1という番組の中の、
ハガキでの投稿コーナーだったと思う。


そして時代は流れ、
電子レンジは、各家庭に当たり前のようにあり、
ハガキでの投稿は、ウェブによって光の速さで行えるようになり、
私たちデザイナーは、最新のパソコンによって、
ヤマトのワープ航法のように
時間を飛び超えることができるようになった。


あ、“ついで”につけ加えておくと
柏村武昭はキャスターを経て参議院議員も経験し、
昨年、ラジオ番組に復活したらしい...


復活といえば、昨年末に「宇宙戦艦ヤマト復活編」が20数年振りに
映画となって上映されたが、(ちなみに今回の原案は石原慎太郎)
中心となるプロデューサーの現場を理解しない、
ひとりよがりの作品になっていた。
(あれもこれも欲張り過ぎて、最後はトッ散らかってしまう
広告の現場でもよくある最悪のパターン)


あぐらをかいた宣伝不足も絡み(やはり広告は必要!)、
興行成績は悲惨な状態で、金属でできた宇宙戦艦は、
木製の海賊船(同じアニメのワンピースの映画版)に
完膚なきまでに叩きのめされ撃沈された。
この復活編のラストに「第一部 完」と出たが、
この状態だと第二部は、ちょっと厳しい感じだ。(スポンサー的にも)


やはりコアなファンにはヤマトといえば、
一番最初のテレビ版(その映画版)と、つぎの
「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」(映画)までで終わっている。
(実際、「さらば〜」では、殆どの乗員が死んでしまうので)


今回改めて「さらば宇宙戦艦ヤマト 愛の戦士たち」のDVDを借りた。
複雑な戦艦を全て手描きでリアリティある構図で動かしているのは、
現代の若い人たちが、ある動画サイトで「神」とまで言っていた。


まァ、アナログ世代でない、
データを一度つくれば、(逆に今はそれが大変だけど)
いろんな構図でキレイに様々な加工ができ、
動かせるCG世代は理解不能かも知れない。


復活編のCGは確かにキレイで迫力もあったけど、
船体が被弾して微妙に壊れるシーンは苦手みたいだった。
敵の砲弾が当たっても、壊れずツルっとしていた。




私は、最初の「宇宙戦艦ヤマト」は
“スロー広告の原理”でブレークできたのだと思う。


もともと、最初のリアルタイムでの放映は、
「アルプスの少女ハイジ」等の裏番組によって視聴率が低迷し、
予定の39話が26話に短縮されてしまった。


しかし、地道な再放送を続けることにより徐々に火がついて、
劇場版では見事にブレークした。
その劇場版は、確か“日本で初めて徹夜で人が並んだ”という映画らしい。




今年はこのアニメ版の「復活編」とは別に、
キムタク主演の「実写版ヤマト」が12月に公開される。


なんでも今年の元旦に、(たった一日だけで)1億円もかけて、
新聞4ページのラッピング広告を始め、TVスポット、
劇場では特報やポスター・チラシで宣伝したみたいだ。


そしてこの一年をかけて「ヤマトイヤー」と題し、
大々的に演出していくらしい。


この実写版の配給は東宝らしいが、
アニメの「復活編」との圧倒的な取り上げられ方の差は、
何かいろいろなカケヒキがあるんだろうなと勘ぐってしまう。


実写版の配役は、主人公の古代進に木村拓哉、森雪に黒木メイサ等、
だいたいの主要メンバーは発表されているが、
私が今一番知りたい情報は、
まだ発表されてないデスラー総統を誰がやるのかだ。


自分の顔を青く塗ってまで「やる」という人がいるのだろうか?


私の予想は、阿部寛、中井貴一(はムリか)、
唐沢寿明あたりではないかと思っている。


特に唐沢寿明は、新造人間キャシャーンの実写版に出演しているし、
有名なところでは、20世紀少年の実写版も好演していた。


最近のダイワハウスのCMでは、役所広司に取って代わって、
ダイワマンの役をしている。


どんなシゴトも断らずにヤル!という柔軟な姿勢は、
同じ世代として、チョット見習わなければイケナイ...(^_-)







さぁ、この実写版ヤマトは、
復活したけど“さらば”となりそうな「復活編」の
リベンジをし、救うことができるのか?


実写版公開の日まで、あと314日。


波動砲 発射!!












ワープ!











2010年1月20日水曜日

今日のおやつ3




まずは、苺のドーナツ。
外は苺のチョコがかけてあって、
中の生地にも苺が練り込んであったそうです。
こちらは朝早くに娘に取られました。(ToT)



こちらは、たぶんチーズクリームのデニッシュだった...かと
買うときは名前と説明を見たのですが、
一日経ったら忘れてしまいました。(^ ^;)


二つとも昨日行った愛媛からの帰り道に
小谷サービスエリアのベーカリーで買ったものです。

ブログランキング・にほんブログ村へ
blogram投票ボタン

ハジメテノハシ、ハジメテノヒト



天にのびる線?




迫ってくる線&光線?



光るトラック?(みかん色に)


今日は、シゴトで愛媛県へ行って来ました。
実は、今さらですが、“初めてのしまなみ海道”でした。
広告代理店のSさんが運転するクルマに、
私とコピーライターのNさんが同乗し、
お天気にも恵まれ、とても気持ちのよいドライブとなりました。


しかし、今回の目的は、ちょっと微妙に行き詰まっているシゴトで、
クライアントさんから「腰を据えて話合いをしたい」という要望があり、
それに応えるものでした。




当初は、広告代理店のSさんと私の二人で進めていたシゴトでしたが、
なかなか苦戦していたので、今回はコピーライターのNさんに
加わっていただきました。


このコピーライターのNさんは、私が15年くらい前、
広告のシゴトに就いて“初めて組んだコピーライター”さんです。


まだディレクター、コピーライター、カメラマン、デザイナーという
分業制でのシゴトを経験したことのなかった私は、
当時、Nさんが少し年上の女性ということもあって、
緊張しながら、たどたどしく打合せをした記憶があります。
(今ではもう、下の名前で呼べるくらいの仲になりましたが:笑)


よく、鳥が生まれて初めて見たモノを自分の親と思うことがありますが、
私にとってNさんは、生まれて初めて出会ったコピーライターさんで、
そのディレクションの仕方から、シゴトの進め方、
専門の人がつくる文章レベルの高さとクォリティに衝撃を受けました。


そのときからずっと、今日のようなピンチを
幾度となく助けてもらってきました。


本日のクライアントさんからの問題も、
Sさんの的確な説明とNさんの見事なアシストで無事解決の糸口が見え、
三人ともホッとして、私の延々と続く「すべらない話」(ムダ話)で
大爆笑(?)しながらの帰路となりました。


そして私は、助手席の窓越しからの夕陽を眺めながら、
「そういえば、私の“初めてのプレゼン”のときも、
Nさんと二人で愛媛に来たんだった」と、
15年前も同じようにこの愛媛でNさんに助けられていたことを
ひそかに思い出していました。


あのときは、まだこのしまなみ海道も“成長途中”で、
全通していませんでした。



最後に本物のみかん登場?